火の山ロープウェイ 2019年運行情報

昭和33年の運行以来、沢山の方に愛され続けている火の山ロープウェイ。

こちらでは瀬戸内海国立公園「火の山」の山肌を進むゴンドラから眺める「関門橋」や「関門海峡」の景色を楽しめます。

毎年春から秋までの期間限定で運行していますが、2019年の運行状況は下記のとおりです。




【運行期間】2019年3月15日(金)~11月10日(日)

【定休日 】5月7日(火)以降の毎週火・水曜日

※8月13日(火)、8月14日(水)を除く

【営業時間】

始発便:午前10時 ~ 最終便:午後5時
※発車時刻は毎時00分・20分・40分ですが、多客時には臨時便による着発運転を行います。所要時間(片道)は約4分です。

〇営業延長日は、午前10時から午後6時まで営業いたします。
営業延長日:3月30日(土)、31日(日)、4月6日(土)、7日(日)、13日(土)、14日(日)
〇夜間運行日は、午前10時から午後9時まで営業いたします。
夜間運行日:8月10日(土)、11日(日)、13日(火)、17日(土)、9月13日(金)

【所要時間】約4分

【料金】

大人    片道300円(往復500円)
小学生 片道150円(往復250円)

※2019年10月1日に施行される消費税率及び地方消費税率の引き上げに伴い、乗車料が変更となる可能性があります。

【お問合せ】

下関市観光施設課 083-231-1838
下関市火の山ロープウェイ 083-231-1351


 

火の山公園

火の山は、古代、都との連絡のために、のろし場の置かれた所とされ、ここの火は、津布田、宇部、岐波、秋穂と引き継がれて京都に達したと言われています。

 瀬戸内海国立公園に含まれ、標高268mの山頂からは瀬戸内海、日本海を一望でき、特に、その夜景は格別の美しさで1000万ドルの価値があると言います。

 山頂までパークウェイが整備されており、車で行かれますが、歩いて登ることもできます(所要時間は、みもすそ川公園から、徒歩40分。火の山ロープウェイ下駅から、徒歩30分。)。

 山頂展望台には、回転展望レストランや売店などもあります。

 

 交通   JR下関駅からバス15分「火の山ロープウェイ」下車すぐ

      下関 I.Cから車15分(山頂に立体駐車場があります)

 問い合わせ 下関市観光施設課 083-231-1838

          立体駐車場 083-223-8339

 

高杉晋作の墓

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慶応3年(1867)4月14日、明治維新の直前に、下関において結核のため27歳8カ月の短い生涯を閉じました。

 

遺骸は遺言によって奇兵隊ゆかりの地、吉田の清水山に土葬されました。

 

元治元年(1864)12月15日深夜長府功山寺で力士隊、遊撃隊を率いて挙兵のとき死 を覚悟し、大庭伝七(白石正一の弟)に遺書を送ってこの中で、表に「故奇兵隊開闢総督高杉晋作則 西海一狂生東行之墓 遊撃将軍谷梅之助也」、裏には「毛利家恩古臣高杉某嫡子也」と、墓碑銘も指定していたと言われていますが、晋作の希望はかなえられることなく、表に「東行墓」、裏面には「谷潜蔵 源 春風、号東行、慶応三年丁卯四月十四日病歿赤間関享年二十九」と刻まれています。

 

 所在地 下関市大字吉田1184

 交通 JR小月駅からバス14分「東行庵入り口」下車、徒歩11分

 問い合わせ 東行記念館 083-284-0211

 

東行庵

 

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 高杉晋作の墓所近くに建てられた東行庵の案内板には、次のように記されています。

 

 この地は清水山(しみずやま)と称し幕末の頃奇兵隊軍監山県狂介(有朋)は麓に草庵を建て無隣庵と名付けていた。慶応三年(1867)四月、高杉晋作(東行)の遺言により遺骸を奇兵隊の本拠に近いこの地に葬った。晋作に仕えていた愛人うの(後に谷梅拠)は黒髪を断って出家したので、山県は明治二年(1869)無隣庵を梅処に贈り欧州に旅立った。

 

 現在の庵は明治17年伊藤博文・山形有朋・井上馨等全国諸名士の寄付により建立されたもので、梅処は明治四十二年にその生涯を閉じるまで東行の菩提を弔った。

 昭和四十一年東行の百年祭を機に庵の原型をとどめるため大修理を行った。

 

 近くには高杉晋作の記念館があるほか、早春には梅、初夏は菖蒲、秋は紅葉と折々の彩りに囲まれた史跡として親しまれています

 

所在地 下関市大字吉田1184

交通 JR小月駅からバス14分「東行庵入り口」下車、徒歩10分

問い合わせ 東行記念館 083-284-0211

 

毘沙ノ鼻

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北緯34度6分38秒、東経130度51分37秒。本州最西端の地です。

 海抜120メートルに整備された展望広場には、万葉歌碑が建立されており、其の側には、歌碑の歌は、天平十年(738)、長門守巨曽倍対馬(こそべのつしま)が、都で催された橘家の宴席で、時の右大臣橘諸兄(たちばなのもろえ)に詠んだ歌である。「長門の国にある沖つ借島の名のように、心の奥に深く思っているあなた様は、千年も長生きしてほしいものです」と、自分の任国の地名を巧みに使い、長寿を願った歌である。

 

 此の地より、西方五キロの海上に浮かぶ蓋井島こそ、天平の昔の「沖つ借島」であろうとする伝承が、江戸時代中期以降に既に見えている。「八幡宮本記」(1689)・「防長地下上申」・「長門一宮住吉神社史料」などがこれである。

 

 今、これらの伝承を重んじ、この島を眺望できる、ここ本州最西端・毘沙の鼻の地に、この万葉歌碑を建立するものである。と記された碑が添えてあります。

 本州でいちばん遅く、日本海の水平線に沈む夕日を眺めることのできる絶好の場所で、気軽に立ち寄ることができます

 

 本州最西端の地「毘沙ノ鼻」の到達証明書の発行を希望される方には、JR下関駅・新下関駅構内の観光案内所で販売しています。

 

 所在地  下関市大字吉母字御崎

 交通   JR山陰本線 吉見駅から「吉母港」行きバス7分「下方」下車、徒歩53分

      JR山陰本線 吉見駅から車で12分

      下関 I.Cから車で32分

 問い合わせ 下関市観光振興課 083-231-1350